では、どうすれば充実した日本事情の授業を実現することができるのでしょうか。どうすれば学習者が満足し、我々教師もやりがいを感じるような授業を展開することができるのでしょうか。
そのためには、まず、そもそも私たち教師がやりがいを感じる瞬間というのはどういうときか、考えてみてください。いうまでもなく、それは学習者が自分の授業に満足したと実感できたときですよね。
授業中、学習者と充実したやり取りができて、指導内容の理解や相互理解が深まった時。そして、自分の授業に学習者が十分満足したと実感できた時。そんな時ほど、教師として喜びを感じるときはないでしょう。
また、そういう時こそ、学習者の学習効率が最高潮に達したときと言えるのではないでしょうか。
つまり、問題の根源は「学習者が満足する授業をどう構築するか」ということなのです。
だから、学習者の立場に立って改めて授業を見つめなおしたときに、初めてその条件が見えてきます。
そうすると、学習者の社会的立場や初級という日本語のレベルを考えれば、以下の条件が必要なのは容易に理解できると思います。
- 学習者のニーズや社会的立場を十分踏まえたシラバス内容および配列であること。
- 日本語は必要最小限にとどめ、視覚資料が十分にあること。できればカラー。
- 難しい日本語には必ず訳がついていること。なおかつその訳に学習者が縛られない教育的な配慮があること。
特に2番目は、学習者の日本語力をフォローするという意味だけではなく、よりリアリティのある授業を演出するという意味で、非常に重要です。リアリティの感じない日本事情教育ほど空しい授業はありません。
だから、日本語の文で埋め尽くされた教材が、それだけでいかに初級学習者のやる気をそぎ、白けた授業へ陥らせるか、お分かりいただけると思います。
しかし、条件はそれだけではありません。
それ以上に重要なのは、学習者の意識の流れに沿った授業の進め方です。簡単に図示すると以下のようになります。
「イントロダクション」→「本活動」→「まとめ」は、有機的に連携しあっています。例えて言えば「ドミノ倒し」です。
「ドミノ倒し」ですから、ドミノの並べ方(=授業の進め方)を間違えれば、ゴール(=充実した授業の後の爽快感)に行き着くことはできません。
だから、力学に適ったドミノの並べ方を知らなければなりません。
その力学(=授業のコツ)が分かれば、動力が次から次へと勢いを増しながら着実に次のドミノに伝わり、目まぐるしく変化しながらゴールへと一直線に突っ走る、そんな充実した授業を展開することができるわけです。
1.「イントロダクション:日本事情への気づき」とは、普段の生活の中で学習者が見過ごしている日本的なものに気づかせることによって、モチベーションを喚起し、学習への下地を作ることです。
ここでは、まずテーマに関する基本用語を確認した後、「招き猫」や「最高裁判所」といったさまざまな写真アイテムを紹介しながら、「これ、なに?」と学習者に問いかけます。
すると、学習者は「えっ!何?何だっけ?」と改めて気づき、日本事情に対する興味や好奇心を沸きたたせます。
ここは、いわば「つかみ」の部分です。ここがうまくいけば、学習者のモチベーションは一気にあがります。写真にまつわるエピソードなどを話すとなお効果的です。消極的な学習者も授業に引きずり出すことができ、授業に勢いがついてきます。
2.「本活動:日本理解・相互理解と価値観の再構築」では、視覚資料を駆使した十分な情報を提供することによって、日本に対する理解の深化を目指します。
十分な情報を分かりやすく提示することによって、学習者の中でもやもやとしていたものが溶け、「ああ、日本ってこういう国なんだ」「この国はこういうシステムで動いてるんだ」と納得します。
学習者は、納得(感)が多い授業には自然と積極的に取り組むようになります。
また、そうした知的情報を元に、教師と学習者、あるいは学習者同士で活発なインタラクション(意見交換)をすることにより、相互理解を促すとともに、学習者自身の既成観念に揺さぶりをかけ、価値観の再構築を促します。
学習者にとってみれば、それぞれの持つ「当たり前」が全然違ったりするわけですから、周りの意見に耳を傾けずにはいられません。当然、モチベーションは維持されます。
実際に、私の授業で韓国の国旗の意味を韓国人学習者が分からず、かわりに中国人学習者が「陰陽道」という言葉を使って説明するという一幕がありました。
韓国人学習者曰く、「何で知ってんの?」。こんなことが平気で起こります。
だから、ここで教師が一方的な講義をしてしまったらすべてが台無しになってしまう。お分かりいただけると思います。
また、ここで「視覚資料を駆使した十分な情報の提供」と「活発なインタラクション」を授業の柱に据えるのには、もう1つ大きな理由があります。
それは、学習者の中に妙なステレオタイプを形成させないということです。
ステレオタイプは、往々にして「根拠のない不十分な情報」と「一面的な考え方への固執」によって形成・維持されると私は考えています。
だから、より健全な価値観形成を促す意味で非常に重要なのです。
3.「知識の定着・強化と社会的実践力の養成」では、さまざまなタスクを通して、確かな知識と技能を習得させ、日本社会に積極的に関わる勇気と自信を身につけさせることを目指しています。
具体的には、テキストの内容の整理に関するタスク、課のテーマに関連した危機事例(クリティカルインシデント)の検討、そして地域社会との接触を促すタスク(宿題)等を行います。
日本事情は、社会の中で応用されてこそ初めて活きる学問です。だから単なる教養で終わっては意味がありません。
いくら授業に活発に参加しても、実社会に出たとたんに尻込みしてしまうようでは全く意味がないのです。
私自身、「あれだけしっかり授業で扱ったのに、どういうわけか実践できない」と思わせる学習者を、数多く見てきました。
もちろん、我々の指導の域を教室外まで広げることは、なかなかできません。しかし、それだけにここが学習者にとっての最後のハードルになるわけであり、ここでの教師の一押しが大きな意味を持ってくると思うのです。
また、このような教育的な配慮をすることによって、学習者の中にも「この授業は意味がある。役に立つ。」という意識が生まれ、次の学習動機へとつながっていくようです。
以上、私が試行錯誤の末考え出した、日本事情教育に必要な条件や授業の進め方について長々と述べてきました。
いかがだったでしょうか。
そして、私はこの授業を簡便に実践できるよう、教材開発に取り組みました。
教材に必要な写真を集めるため、インターネットを通じてさまざまな分野の方や機関に連絡を取り、交渉しました。また、私自身もデジカメをもって写真撮影に奔走しました。
さらに、知識の客観的な裏づけとして、さまざまな機関が公開しているデータや図表を活用しました。
このほか、学習環境がより快適なものになるように、教材の中にさまざまなコーナーを設けたり、必要な補助教材を作成したりするなど、いろいろと工夫を凝らしました。
そして、ようやく試作版が完成しました。
さっそく、授業での使用が始まりました。実際に、留学生に私が作った教材をぶつけてみたのです。
すると…
学生の態度が以前にもまして積極的になりました。
時にはこちらが圧倒されるほど、授業が活発になっていったのです。 |