「教える」のではなく共に「探究する」。

以前、こんな本を読みました。

坪田信貴『学年ビリのギャルが1年で
偏差値を40上げて慶應大学に現役合格
した話』
http://goo.gl/fNwUTW

この本を知ったのは、テレビ番組
「情熱大陸」でした。

この本には、タイトル通り学年ビリの
女子高生が

1年で偏差値を40あげて慶応大学に合格
するいきさつが生き生きと描かれています。

事実が赤裸々に書かれているだけに、
きれいごとではないとても得るものが
多い内容となっています。

ところで、あなたは日本語の授業で学習者
から即答できないほど難しい質問を
受けたとき、どう返しますか。

教員養成では、

「素晴らしい質問ですね。それはちょっと
難しいので次の時間までの私の宿題に
させてください。」

といって、ひとまずその場は収め、
次回まで調べてくるというのが、
常套手段となっています。

これはこれで1つの選択肢ですね。

ですが、本書ではこのように書かれています。

=====================
『なぜ?』『なぜ?』と生徒に聞かれて
いくと、教師側が知らない問題に案外早
く到達するものです。

そんな時、『うるさい!』とごまかしたり、
『先生に恥をかかせたいのか?』と内心、
怒りを覚えてはいけません。

僕は、そういう場合、『先生もそこまで知
らないから、一緒に調べてみようか』と
言ってましたし、

僕が現在経営する塾の講師たちにもそう
指導しています。
(p.53)
=====================

さきに紹介した教員養成的な対応と大きく
異なる点は

「学習者と一緒に調べる」

という点です。

つまり、教師は学習者に知識を与える存在
ではなく、

学習者とともに知識を探求する存在である
ということなんですね。

これだけ情報過多な時代となると、教師と
いえども自分の専門分野を把握するのは
困難。

(そもそも把握し切れると思うほうが、
思い上がり?)

であれば、ともに探究する存在としたほうが
正解なのかもしれません。

(特にインターネットが広がり、知へのアプ
ローチが容易になった現代においては。)

教育工学の分野でも、そうした考えが出て
きているようですね。

「とはいえ、日本語力の低い学習者には
難しいのでは。」

と思われる方もいらっしゃるかもしれませ
ん。

確かにそれは否めませんが、

授業中アイフォンなどを使って、情報収集の
機会を作ることで、随分可能になるのではな
いかと思います。

「教師」「学習者」「知」。

この3者の関係を、今一度見直してみても
いいかもしれません。

知ったかぶるのが一番まずいですね。


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